夜更け前からこさめになった雨が霧雨になって降り注ぐ。
「ミノフスキー粒子が濃すぎて何も見えない。」ちょっと壊れ気味なセリフが頭をよぎる。数日前から猛威を振るっていた台風は、何とか去ったものの、快晴とは言えないちょっと蒸しっとした空気感があたりを包む。
手元の地図に目を向けるとSFと真逆の、明治時代の地形がそこに書かれている。古地図ロゲイン、これから参加する競技は、コンパスと地図に書かれた古い地形をもとに、コンクリートやビルに覆われた現代社会を走る競技である。
今日は2020年10月11日。21世紀の日本の新横浜では、明治時代の地図を手にした主に中高年のランナーが、地図に書かれていないビルや鉄道、高速道路が立ち並ぶエリアに走り出していた。
スタート地点は新横浜近くの川沿い。スタート時間は自由。おのおのスタート地点にある時計を撮影して、スタートする。
告白すると、ナヴィゲーション競技を始めてから、マラソン大会が苦手になってしまった。みんな同じ方向に向かって走るの楽しいのだろうかと。
「よしっ。」覚悟を決めて、私もスタート時間を決め、走り始める。
最初に目指す地点は、平地から地形に高低差が出始める尾根の端の沢地形にある小さな神社。
コンパスを片手に方角を確認しつつ、地図には書かれていない河原の道を探しながら、河の流れとコンパスの向きが変わる地点まで走る。
明治時代に田んぼだったエリアは、アスファルトに囲まれた道路と住宅街になっているが、地図と地形を丹念に追っていくと、すぐに小さな神社が見つかる。
神社へと続く道の、ちょっと何とも言えない道の雰囲気を撮りたくて、スマホのシャッターを切る。
案の定、写真にはうまく写らない何かを確認しながら、鳥居をくぐる。
境内を走らないように注意して、見本と同じ写真を撮り、今日の旅路の無事を祈る。
「さてっ」、地図を見て次の目的地へのルートを見ると、尾根づたいに進んだ先に目標地点がある。神社の横に細い道があることに気が付き、またそれが私有地に続く道ではなことを確認し、細い道から尾根に出る。
尾根筋をしばらく歩くと、次の目標地点である小さな庚申塔にたどり着く。
尾根上の道まですべてアスファルトに覆ってもなお、人が信仰の場を残していることに、いつも驚きを隠せない。
次のポイントは尾根伝いに谷を越えて、少し下ったあたり。目標にしていた沢を横切るタイミングで、沢である地形が高速道路で大きく分断されていることに気が付く。
「予想はしていたけど、少しでも高低差がない、通しやすいところに大きな道路が通っているな。」ふと、事前の予想が頭をよぎる。
実は目標地点を記載した説明には、ヒントとなる地名や公園の名前が掛かれている。次の目標地点は、公園に隣接する富士塚だ。
少し斜面を下ると、公園がある。あたりをうろうろ走ってから、公園名が微妙に違うことに気が付く。
「はあっ。」思わずため息がでる。地形が違うという違和感があったのに、何故ちゃんと確認しなかったのだろう。地図を見直し、すぐさま100mくらい先の尾根にそれらしき緑の塊があることを目視する。多分あのあたりだ。
公園に近づくと、富士塚の裏側にでる。富士塚はフェンスで囲われており、フェンスに沿ってあるくとクモの巣に引っ掛かる。クモの巣に覆われながら、目標の写真を撮る。
古地図ロゲイニング、静かなタイムスリップのたびはこんな感じで続いた。
この後も、静かなタイムスリップの道中は続くが、途中、運動不足で腹筋が痛くなり、集中力が切れた私は、「新横浜」という標識だけを頼りに何とか時間内にゴールする。
スタート地点で配られた地図が入った袋には、脱出用の現代地図が入っているが、それを見たら順位が付かなくなるのだ。汗だくで、クモの巣の残骸をまといながら、河原のゴールでひっそりと、タイムスリップの旅が終わった。